昨日はいつものお茶のお稽古でしたが
月2回ほど先生の自宅以外の
精進レストランをお借りしてのお稽古
そこに、今年1月から
ベラルーシからのジーマ君がお店のお手伝いをしています。
彼は、5歳の時原発から約30KM離れた地で被ばくしたそうです。
事故の消化に携わった父親も死亡、
多くの親戚も亡くなったようです。
彼が、こちらに来るきっかけは
原発事故で被ばくした子供を転地療養させ、
健康の回復を図る保養里親運動の
「チェルノブイリへのかけはし」の招きで
13年前に札幌を訪れて以来いままで
5回ほどこちらに来ているようです。
今は、日本で保養する子供のサポートの同行とか
それで今回はジーマ君の目標である。
現地で「日本食レストランを開くのが夢」という。
ジーマ君の夢を実現する為三ヶ月間ほど特別に招き、
このレストランでの修行のようです。
ここのお店のオーナが「チェ~かけはし」の代表のようです。
その様な関係で私達のお茶の会にも
日本の文化を知るためにいつもお客様で^^
正座も出来ますし、お茶もお好きなようです。
お抹茶の経験もあるようですし
お茶菓子も^^、日本語もぺらぺらで^^
ジーマ君事故の事とかはあまり話しはしませんでしたが
27日付けの北海道新聞に大きく
彼のことが取り上げられていました。
その記事によると
☆ 「事故は終わっていない」
原発事故で父親を亡くし、
「僕もいつ死ぬか分からない」と絶望した。
被災地では、原因不明の病で亡くなる人が多い。
ジーマは「健康や生活の不安から、多くの人が
アルコール依存症になった。そんな家庭では、
子供は裸のままでほったらかし。
タジキスタンなど紛争地帯から難民が廃墟に住み着き、
殺人事件も多い」と訴える。
☆ 甲状腺がんや白血病になる人が多く、ジーマも検査が欠かせない。
☆北海道新聞より
昨日は、ジーマ君も4月初めには帰国と言う事で
先生にお茶と急須をプレゼントされて^^
お茶の淹れかたの説明を受けていました。
私達も楽しくお話と写真を撮って~~
ジーマ君との最後のお茶会を過ごしました。
遠い国の出来事で
私達には関わりない(そんなことはないのですが)と
思っていましたが、このような事で
ベラルーシの被ばくした若者に出会うことに
原発事故から20年。
チェルノブイリの記憶は薄れつつある。という
でも、被ばくした人々の苦しみは続いています。
ジーマ君頑張ってね。。